PR:間違いだらけの漢方と漢方薬

『漢方の臨床』誌・東亜医学協会創立50周年記念特集号発表論文

漢方医薬新聞の昭和64年1月号(平成元年)にも「平成元年の提言」として全文が転載されている


 (1)はじめに (2)日本漢方の特徴と欠点 (3)両医学における病態認識のあり方
(4)専門用語が未熟な日本漢方 (5)日本漢方の処方運用上の欠点 (6)中医薬学の教科書
(7)日本漢方に教科書はあるのか? (8)閉塞状態にある日本漢方 (9)日本漢方が発展する唯一の道
(10)中医漢方薬学 (11)おわりに (12)文献 相互リンク集 

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 語彙の豊富さと思考能力や創造力にはおおかた比例関係があると考えられるが、東洞以来、日本漢方からは観念用語を蔑視する風潮は抜け切れず、そのために体験的な勘を養う体得漢方を是として来たようだ(文献8)。こういう風潮は古来からの日本人の国民性に大変馴染みやすいものであった。この点は各種の日本人論も参考になると思うが、これらの日本的怠慢は医学薬学という常に発展すべき分野においては、大変な障害とならざるを得ない。
 「虚実」の解釈にあるような、あいまいでかなり好い加減な言語と言語感覚しか持たない日本漢方の将来は暗い。原始医学のままの『傷寒論』『金匱要略』をいくら深く読み込んだところで、その限界は永久に突き破ることは不可能と考えられる。日本人には『傷寒論』『金匱要略』以後の中国で発達し続けた展開をもっと学ぶ必要があるのではないか。
 たとえ複雑に理論が錯綜しようとも、豊富な言語により、より科学的で且つ論理的に展開され体系化されて来た中医学の在り方に学ぶべきところは多い。東洞以前には後世派という現代の中医学にそのまま繋がる理論体系を持った時代もあったはずだが、現代の日本漢方は古方派、後世派を合わせた折衷派が主流のようである。
 折衷派と言えばいかにも融通のきく派のようではあるが、その実、東洞以来の方証相対論によるパターン認識の漢方術に堕したままの状態で、そこにはたいした進歩性は見られない。

閉塞状態にある日本漢方



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