トップページへ (1)はじめに (2)日本漢方の特徴と欠点 (3)両医学における病態認識のあり方
(4)専門用語が未熟な日本漢方 (5)日本漢方の処方運用上の欠点 (6)中医薬学の教科書
(7)日本漢方に教科書はあるのか? (8)閉塞状態にある日本漢方 (9)日本漢方が発展する唯一の道
(10)中医漢方薬学 (11)おわりに (12)文献 相互リンク集

   

日本漢方に教科書はあるのか?


 ところが、これら中医学の基本三課程に該当するようなかなり統一された教科書類が、果たして日本漢方において存在するのだろうか?
 その考察は、月刊『和漢薬』誌(ウチダ和漢薬発行)の1989年1月号に掲載された拙稿「中医学と漢方医学」中に少々考察してみたが、答えはノーである。ただし、方剤学にのみ、若干の見るべきところがあり、これあるが故に日本漢方は、西洋医学に打ち消されることなく、現在まで辛うじて存在しえた所以であると思われる。方剤中心のパターン認識の医学としては、この分野に見るべき所があって当然であり、ほとんどこれあるが故の存在価値しか見出しえないほどである。

 『傷寒・金匱』の原始処方を中心に、その不足分を後世方から恣意的に追加して、処方毎にパターン化している。その使用目標はそれほど理論化されている訳ではないが、過去、多くの先人が使用してきた経験から来る使い方のニュアンスを伝える口訣は豊富で様々に表現されて来た。また、『傷寒論』、『金匱要略』等を深く読み込むことによる奇抜とも言える自由な発想から応用した時の著効例などは、枚挙に暇がないほどである。勘の冴えによって摩訶不思議な著効を生み続けた歴史と伝統が、多くの名人を生んで来た事は否定できない。
 比較的少ない処方で、百病に対処して、一定の成果をもたらして来た自信と誇り、中医学とは一線を画する日本独自の漢方医学は方剤中心のパターン認識の医学であり、これまた独自の腹診法と相俟って、益々発展するかに見えるが、現実はそう甘くはないと思われる。

続きは⇒(8)閉塞状態にある日本漢方